食物アレルギーと向き合う

コンテンツとコンテキスト

クミタスで、食品回収情報も取り扱うようにしたのですが、改めて回収情報の多さに驚きます。
多いのは、賞味期限の誤りですが、表記漏れ、表示誤り、カビや有害な菌の発生、異物混入、残留農薬濃度が高い、許可されていない添加物・薬剤の使用などもあります。

賞味期限の誤りについては、とても多いのですが、クミタスでは、より問題のありそうな情報が埋もれてしまうのを避けるために、食して問題のありそうなものに絞って取り扱うようにしています。

公表される情報は氷山の一角で、実際にはかなり多くの情報が隠れていると思われますが、そのことを知ってもらうにも、アレルゲンの誤記情報以外の情報も掲載するようにしています。また、自主的に公表する企業においては、コンプライアンス面でプラスに見る必要もあると思っています(大体が消費者からの報告が機で発覚するケースではあるのですが)。

さて話は変わりますが、いいエントリーだと思ったので、取り上げてみます。
http://www.huffingtonpost.jp/hirotada-ototake/post_6860_b_4770613.html?utm_hp_ref=mostpopular

コンテンツとコンテキストの評価というところでいうと、導入部分はコンテキスト評価先行になる部分もあるのだと思います。

今回のオリンピック(報道)ではよく、「想い」という言葉を聞いたのですが、想いや生い立ち、病歴、年齢、学歴、経歴、性格、本気さ、努力、チームメンバー、サポートといった背景要素はコンテキスト、実績、試合結果、ランキング、クオリティなどアウトプットがコンテンツかと思います。

もちろんそう言い切れないですが、共感を得やすいのはコンテキスト、尊敬を得やすいのはコンテンツの方かと思います。

コンテンツのみで評価するのが公正という意見もありますが、コンテキスト評価がコンテンツ評価に大きく影響する場合も往々にしてありますし、そのコンテンツの性格によってコンテンツ評価にも定性的要素が多分にあります。

コンテンツ評価においては評価する側により能力が求められる部分であり、そのためにルールや基準、指標が存在するのだと思うのですが、今回のソチオリンピックでメダリストになるかならないかは、ルールに則した準備をしたかどうか、で分かれた気がします(もちろんすべてではないですが)。

ただ、スコアだけが結果でもなく、多くのファンを獲得したり感動を与えるということも実績だと思いますし、コンテキストとコンテンツの循環の中で成し得ることだと思います。

評価される側の立場では、コンテキスト評価比重が高いとしっくりこない感もあるのではないかと思います。少なくとも私は、コンテキスト比重が高いなと思うときは、より実績を出さないといけないと感じます。

さて佐村河内氏ですが、根本的に音楽が好きで愛情をもって向き合っていたり、関わる現場にいたのであれば、最初はできないにしても作曲が自分でもできるようになぜならなかったのか、が不思議です(耳が聞こえていたのであればなおさら)。
私は作曲もやりますが、著作権者として作曲家でクレジットするのであれば、せめて主旋律は自分で作ってこそだと思いますし、100人100様のアウトプットになる指示書(のようなもの)を作成したに過ぎないのであれば、プロデューサーor企画者であって作曲家ではないと思います。

また、ゴーストとされている方も、よくない、実際は聴こえていると思われていたのであれば、作曲のいろはを教えるなどして、自分で作るように教育するような行動をしていたのかな、と思いました。彼の作った曲自体を評価し発注しようとする人もいるようですが、コンテキストの部分を考慮するとどうなのかなという気もします。

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